「教育」という単語を見ると、すぐに「学校!」って思ってしまう反射はどこから?

七田式・滋賀代表ブログです。

ご覧いただきありがとうございます。

 

教室を長くしていて

子どもたちや親御さんと関わる日々の中

いつも思うことがあります。

 

「教育」に関しての

親の責任は絶大だ、

 

ということです。

あたり前ですよね。

 

 

 ですが、

 

「教育」という文字を見ると、

なぜか?

 

=「学校」という認識になるのですね。

 

学校や、塾や、習い事に通ったり、

家でドリルをさせたりすることだけが

 

子どもにとっての

 

「教育」

ではないんだよ、

 

ということを忘れがちです。

 

 

毎日の生活そのものすべてが「教育」ではありませんか?

 

子どもと丁寧に会話をし

丁寧な食事をし、

四季を感じ

風土や習わしを大切にしながら

丁寧に穏やかに家族仲良くいたわり合って暮らすこと。

 

こんな、

何気ない日常の積み重ねが

子どもにとっては、

とてもとても大切な「教育」だと思うのです。

 

いくら実績のある塾に通っても

どんなに素晴らしいメソッドであっても

ドリルやプリントをどれだけこなしても

 

『食生活』がお粗末(ジャンク)であったり、

親子の日常に愛や敬がなかったり、

子どもにかける言葉がぞんざいであったり、

 

こんな暮らしぶりでは

本物の豊かな人間性や確かな学力は

培われないのではないかな?

 

「教育」の基本は

家庭での日々の暮らし方なのだと思いますよ。